降りしきる雪の中でも、御崎先輩はいつもと変わらぬ笑顔のままで。
「やあ成瀬クン。今日はまったく良いクリスマスイブだね」
茶色のダッフルコートに、首元にはマフラーをふんわりと巻いて。
ううむ、そのふんわり巻いたマフラー姿、なかなか可愛いぞ?
結構にツボだ。
「こういう日はホワイトクリスマスと言うそうだけど、それじゃあ雪の降らないクリスマスは何色なんだろうねぇ?」
言って、クスクスと笑う。
↓
そんな先輩に俺は思わず見とれて。
開いた口から漏れたのは、真っ白の吐息だけ。
それは言葉にはならず、雪と共に宙に溶ける。
なんとなく、視線を下へと下ろす。
先輩の足元はいつもと変わらないローファーと、これまた雪のように真っ白の――おそらくおろしたてだろう――ふんわりとしたルーズソックスだった。
「珍しいですね」
「ん? ああ、これかい? ふふふ、似合わないかな?」
「いや……いつも普通の靴下のイメージがあったので」
「そう。普通の靴下は、ボクのベッドの枕元にかけてあるのさ。
ああ、もちろん洗濯済みだよ?」
「枕元?」
「今日はクリスマスイブじゃないか。サンタクロースが持ってきたプレゼントを入れるために、さ。
だから、今夜は珍しくルーズソックスなんてものをはいてみたんだけど。変かな?」
「え? それって――」
「ふむ。そんなに狼狽するほどに似合ってないかな?」
ひょい、と後ろ足を上げてルーズソックスを引っ張る先輩。
「いえ、気になったのはそこじゃなくてですね?」
そっちじゃなくてサンタの件だ。
「ほう? さてはキミは紺のハイソックス派かい? それとも魅惑の絶対領域ニーハイ派か!?」
「いやいや、違いますし、どっちも違います」
「なるほど……それじゃあルーズソックスはくしゃくしゃのやつ派か? それともこれみたいな絶滅危惧種のふんわり派かい?」
「そこから離れてくださいってば。」
「……若いのに、ストッキング派か……」
腕を組んで「うーむ」と唸る先輩。
なにかに納得するかのように目を閉じて頷く。
ちょっと、そこ、変なイメージ膨らませないでくださいよ。
「そうじゃないですってば」
ポリポリと頭を掻く。
確かに珍しい靴下に興味はそそられたが、――いやいや、そうじゃなくてだな?
先輩がサンタクロースだなんて、ええと、その、信じてるのか? ってことだ。
俺の表情から何かを読み取ったのか、先輩は思案顔になると、
「ふむ。いやだな成瀬クン。いかなボクとはいえさすがにサンタクロースなんてこないってわかってるよ?」
「ですよね、そうですよね」
「けれど、信じてはいるよ」
「え?」
「信じているさ。子供に夢を与えるサンタクロースを」
「えっと……それは……」
「もちろん、ボクの所になんてはこないさ。それはわかってる、それくらいはね」
ふふ、と笑みをこぼすと先輩は空を見上げた。
空からは雪が、文字通り降りしきっている。
「けど、さ。このクリスマスイブは大勢の子供たちがサンタクロースを信じて、夢見て、まどろむ聖なる夜だ。
大人たちもその夢を叶えるために今夜だけは嘘を吐く――」
嘆息し、顔を下ろす。
寒さのせいか、先輩の頬は真っ赤に染まっていた。
「そんなロマンチックともいえる夜に、『サンタはいない』だなんて無粋なことが言えるかい? ボクには無理さ。
ボクだって――そうさ、見れるならば夢を見ていたいもの」
「だから、ですか?」
だから、先輩は来ないとわかっていて、それでも信じて、靴下を――。
「まあね。けれども、ルーズソックスをはいたのにはちゃーんと意味があるんだよ?」
「意味、ですか?」
「ふふ、ルーズソックスはね……暖かいんだよ」
◇
SS 「 キミとボクを包むヴェールのように――雪は降り輝く。 」
◇
――時間は少し前に戻る。
俺は商店街を歩いていた。
今日は12月24日、世間ではクリスマスイブとかなんかいって妙に騒ぎ立てている。
例年だったら音羽がクリスマスケーキを焼いてきたり、幸二がいらねえものをプレゼントと称して投げつけてきたり……と、そんなことを毎年繰り返しているんだが。
今年は珍しく……というか、ひとりだった。
クリスマスケーキは今年は無いだろう。
音羽が作って持ってくるとは思えない。
音羽とは教室で顔を合わせたりはするものの、『5月の一件』があってからはなんとなく距離が開いた感じだった。
ガキの頃から着いて回ってきた音羽が横にいないのは、最初はなんだか変な気分だった。
だが、夏を過ぎたあたりになるとそれが当たり前になり、今では別段違和感を覚えることも無くなった。
さすがに、俺たちももう子供じゃない。それは音羽もわかっているだろう。
「けどまあ、音羽のケーキが食べられないとなると、自前で準備しなくちゃいけないんだなあ」
……準備したところで一人で食べることになるんだが。
そう。
今、俺は家に一人で暮らしている。
父さんと鈴萌は海外に行ったっきりだし、母さんも水ノ瀬でアレコレとおせっかい焼きを続けている。
秋ごろまでは音羽がたまーに様子を見に来ていたが、
「もうひとりで大丈夫そうだね」
との卒業認定を下してくれてからはあまり来ることもなくなった。
幸二も部活が忙しいとかなんとか。
まあ、アイツの場合忙しいのは部活というか、美人の先輩に会うので忙しいのだろう。
……この一年で色々と環境が変わったな……。
なんとなく浮かれた雰囲気の商店街。
…………。
「俺、今すっげー孤独じゃん」
周りを見ればカップルや家族連ればかり。
みんな、なんだかキラキラと輝いちゃったりしてるし。
そんな中、ぼんやりと歩く俺ですよ?
さっきからちらついてた雪もいまや盛大に降り始めてますよ?
あ、ちょっとあそこの親子連れなんて俺のこと怪訝な目で見てますよ?
違いますよ? 不審者じゃないですよ?
そんな時ですよ。
「――おまわりさん、こっちです」
「いやいや! それシャレになってないですから!」
振り向けばそこには御崎先輩が――。
「やあ、待たせたね成瀬クン」
ニカッと笑ってVサインを見せてきた。
そう。
俺は先輩に誘われて、ここへ来たのだった。
◇
「ふふ、ルーズソックスはね……暖かいんだよ」
と、そんなこんなで今に至るわけで。
とりあえず先輩がルーズソックスをはいたのにはたいした理由がなかったということだけはわかった。
「で、先輩」
「なにかな後輩クン」
「一体今日は何の用事なんですか? クリスマスイブなんて混みあう時期に商店街に呼びつけて」
「それは決まってるじゃないか。今日は、デートだよ」
「は?」
思わず間抜けな答えを返してしまった。
デート? え? DATE? それって日付の意味じゃないよね?
逢引ってことだよな?
慌てふためきそうになる自分を抑えて、冷静に尋ねる。
「デート、ですか。はあ、先輩と誰がデートするんですか?」
12月24日に誘われた時点で確かに期待もした。だが、もしかしたら何か聞き間違えたかもしれない、俺の早とちりかもしれない。
しかし――、
「決まってるじゃないか。キミとボクがデートをするんだよ」
聞き間違いじゃなかったらしい。
「――えっと、ちょっと待ってください?」
左の手のひらで先輩を制すると、右の手で額を押さえる。
「俺と、先輩が? デート、ですか? ええ?」
「そうさ。キミと、ボクが、デートするんだ」
重ねて確認をしたがやっぱり間違いじゃないらしい。
ほほう。
ほほう……。
ほほう?
「ええと、なにゆえ俺と先輩が?」
「何故……って、キミは武士かい? それはともかくとして。だって、先月約束したじゃないか?」
――先月。
アレか。
約一月前の記憶が蘇ってきた。
確か下校中に先輩が俺の額に肉って書いて――。
『“さっきの続き”は――、またクリスマスに』
あの約束は本気だったのか?
いつもの先輩の雰囲気は変わらない。
だから、どこに真意があるか図りかねるものがある。
……まあいい。
それはいいとしてだ。
「ともかくです。まあデートということで、それは承諾しましょう。
ならば――雪もかなり降ってきてることですし、どこかに入りませんか?」
「イヤだ」
「ええっ」
――拒否されるとは思わなかったぞ。
「なんで嫌なんです?」
せっかくデートをするんだ。
それならそれっぽく喫茶店でお茶とか鉄板だろうと。
しかし。
俺の問いに先輩は往来のど真ん中でくるりとステップを踏んだ。
体がくるりと回る。
それに少し遅れて先輩の長い髪がくるりと回る。
そして、
先輩に積もっていた雪がキラキラと宙に舞った。
その姿に俺は思わず見とれていて――。
「――ハッ」
思わず思考停止してたぞ。
我に返ったついでに、今自分が商店街のど真ん中で立ち止まって話をしていることを思い出した。
さっきから俺たちを見る目が妙に生暖かいように感じるのは気のせいか?
「せっかくのホワイトクリスマスなんだ。室内に籠っていては堪能できないじゃないか」
いや、俺は暖かい部屋でのんびり過ごすクリスマスのほうが快適だと思うのですが。
「……暖房の効いた部屋でぬくぬくとしたい、って顔に書いてあるな」
「そ、そんなことは――」
「そんなにぬくぬくしたいのか?」
そりゃ寒いよりはあったかい方が良いと言うものだ。
雪の降るクリスマスは確かにキレイだとは思うが、その中ほっつき歩きたいかと訊かれるとそこまでロマンチストではないと答えるだろう。
先輩をなんとか説得して室内に――と考えていると、
「――それなら、えいっ」
急に先輩が俺の右腕に絡みついてきた。
絡みつく、というか、その、俺の腕に、抱きつく、という方が正確な表現か。
「ふっふっふ。どうだい? これで少しは暖かくはないかい?」
腕をギュッと抱きしめる先輩。
ええと、えっと、その、控えめな胸元の柔らかい感じが触れるんですけどっ。
「せっかくこうやってしたのに、いやまあ、そこまで大きな胸じゃなくて申し訳ない」
ぎくり。
内心を読まれたような気がして、心臓がひょんと飛び上がる。
「いや、あの、普通に柔らかいです、はい」
なにを答えているんだよ俺は。
もっと気の利いた返しがあるだろうに。
いや、違うよ、そこじゃないだろ。
けど、先輩も、
「それなら良かった。少し詰め物してきた甲斐があったかな?」
「偽物ですかっ!?」
「そんなにおどろかなくたって良いと思うんだが?
――冗談だよ。素、素、素だよ」
素。ってことは。
「え、それって……」
もしかして、ノーブラですか?
「バカモノ。下着はちゃんとつけているぜ? 純白のフリル付さ――なんなら、あとで確認するかい?」
「ぶっ!?」
確認って!?
どこで、それを確認すると!?
しかし先輩は悪戯っぽく笑うと、
「観念したかな?」
くいっと小首を傾げた。
俺は小さく嘆息すると、
「……はい」
周囲からの視線がさらに生暖かくなるのを感じながら頷いた。
満足そうに微笑む先輩。
「よーしそれじゃあ、だ。今宵はホワイトクリスマス。その白さたるや如何なものか堪能しようじゃないか!」
「白さですか」
「ボクの下着に比肩しうる、比類なきほどの白さをボクらに見せ付けてくれるに違いない!」
「どっちですか。比肩するんですか比類ないんですか」
「まったくキミはいちいち細かいところを」
「先輩は先輩、楽しそうですねぇ」
「キミは楽しくないのかい?」
「今はまだ未知数です」
「ほー。なかなか挑戦的じゃないか。ならばキミがギャフンと言うほどに最高のクリスマスをプレゼントしてあげるとするか!」
「それは楽しみなような恐いような」
ふと、マフラーの奥、先輩の首に珍しくチョーカーのようなものが見えた。
赤いリボンを模したチョーカー。
ちょっと見、リボン。もしかしたら本当にただのリボンかもしれない
なかなかしゃれた風合いで可愛い。
「あれ、珍しいですね? それ、チョーカーですか?」
「なんだ、マフモコで隠してたのに目ざといな。もう見つけたのか」
「マフモコ?」
「このマフラーの巻きかたさ。いまどき流行りらしくてね」
ぴっ、とVサイン。
「やあ、キミのためにマフモコとやらをしてみたよ。
――こういうのがいいんだろう?」
「う……たしかに可愛いなーと思いましたが」
「ふっふっふ。このマフモコは正解だったな。
なに、珍しくファッション誌なんて読んでね、ほー、マフモコこういうのもあるのかって思ってね」
うんうんと頷く先輩。
マフラーをさらに緩めて首元を露出させた。
赤いチョーカーが先輩の白い首元に鮮やかだ。
「で、マフモコは正解というこで……これは、リボン、だよ」
「リボン?」
ニヤッと悪戯っぽく笑う先輩。
「プレゼントには包みとリボンが必要だろ?」
「はぁ」
「キミにこのリボンを解いてもらおうかと」
「えっ。えっ?」
「ふふふ。キミは良い反応をしてくれるね♪ そんなところが可愛くて好きなんだよ」
「……かわいいって言われても嬉しくないですよ」
「オトコノコだねぇ。でもボクからするとそういうところが――」
……敵わないな、このヒトには。
けれど。
「ややっ、気がつけばずいぶんと雪が積もっているじゃないか! これは明日の朝とか楽しみだねぇ!」
無邪気に喜ぶ先輩を見てると、
「……何をニヤニヤしてるんだい?」
「いえ、別に?」
思わず顔がにやけてしまった。
「ふむ。それじゃあもっとニヤケさせてみるとするか」
「え? どういうことです?」
眉をひそめて先輩の顔を見る。
と、先輩は立ち止まった。俺も合わせて立ち止まる。
顔を上げた先輩は、いつもどおり軽薄な笑みを浮かべてる――と思いきや。
腕から離れると、俺の正面に立って真剣なまなざしで俺を見つめ返してきた――。
「成瀬クン、ボクはキミの事が好きだ。真剣に、お付き合いをしてくれないか?」
「――っ」
不意打ちのような告白に俺は言葉を失って――。
驚きと、喜びと、いや、もうなんだか頭がごちゃごちゃとして。
そんな俺の反応を楽しむようにいつもどおりの軽薄な笑みを見せると、先輩はマフモコをするすると外して、
「キミはボクに新しい世界をくれた。
もうキミなしじゃ、ボクは生きてかれないよ。
ボクは、ボクのすべてをキミに捧げる。それがキミへのクリスマスプレゼントさ。
だから――」
驚く俺に顔を近づけ――、
ふわり重なり合う唇と唇。
ちゅっ、という可愛らしい音とともに。
瞬間、周囲がざわついたような気もするが、いまさらそんなことは気にならない。
今はただただ、先輩しか見えなかった。先輩のことが愛しくて、愛しくて――。
先輩はそんな俺の手を取ると、自分の首元へと導いた。
「キミの手でほどいてくれ」
言われるがまま、先輩の首からリボンを解く。
すると、先輩はそのリボンを自分の小指と俺の小指へと結びつけた。
赤いリボンで繋がれた手と手を合わせ、先輩が笑う。
頬を真っ赤に染め、今までに見たことのないくらいに喜色満面で――そのなかにちょっと照れたような色を交えて――笑顔で言葉を紡いだ。
「――これがふたりをつなぐ赤い糸、ってわけさ――」
どちらからともなく、お互いがお互いを抱きしめて。
どこからともなく、流れてくるクリスマスキャロル。
雪がいっそう強く降る。
イルミネーションの光をきらきらと乱反射させながら。
まるで、周囲からふたりを覆い隠すように。
腕の中で先輩が笑った。
「輝く雪が、ああ、まるでキミとボクを包むヴェールのようだな――」
◇
END
◇
と、約半月遅れでクリスマスネタ再び。
まあ、今月ならぎりぎりセーフですよね? ね?
……そんなわけでいかがでしたでしょうか。
今年もいつもどおりのk弥生だと思いますが、お付き合いいただけたらと思います。
そして、
今年もReonをよろしくお願いします。
それでは。